悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

検事の死命

個人的に絶対見逃せない番組だったため、録画してから鑑賞いたしました。

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

●概要

米崎地方検察庁検事・佐方貞人(上川隆也)のもとに、迷惑防止条例違反の容疑で逮捕された名門女子高教師・本多弘敏(津田寛治)が送致されてきた。イベント会場に向かうすし詰め状態の電車内で女子高生・仁藤玲奈(竹富聖花)の臀部を触ったという容疑だが、弘敏は「でっち上げだ」と犯行を否認。駅のホームで玲奈から「30万円払えば許す」と恐喝されたと話す。彼は米崎に代々続く名家に婿入りした身で、義母の篤子(江波杏子)は地元経済界の大物だった。

 佐方と事務官の増田陽子(志田未来)は玲奈からも事情を聞くが、「恐喝なんかしていない」と、両者の主張は平行線。だが、玲奈はどうせ自分の話など信じてもらえないと、どこか投げやりで、陽子はそんな玲奈の態度に疑問を抱く。

 嘘をついているのは弘敏なのか、玲奈なのか…!? 慎重に捜査をはじめた佐方は、弘敏の偽証をひとつひとつ突き止め、余罪を発見。彼を起訴することを決める。しかし、篤子に依頼を受けた衆議院議員の大河内定和(寺田農)より圧力がかかる。

 上司の筒井義雄(伊武雅刀)は、鬼貫らを敵に回せば検察社会で生きていけなくなる、たとえ起訴できたとしても社会的信用という視点から弘敏が有利なのは明白だと、佐方を止めようとする。しかしながら、ここで屈したら検事として死んだも同然と考える佐方は、“検事の死命”をかけて起訴に持ち込む。ところが、公判では予期せぬ展開が待ち受けており――!?

 

 

●感想

2016年1月17日にテレビ朝日で放送されたドラマスペシャル。

原作は柚月裕子氏の同名小説。

主演は上川隆也 氏。

 

個人的に上川氏が出演する作品には大ハズレがないと思っているため、是が非でも見なければならぬと息巻いていた本作。年明け前から楽しみにしていた。

上川氏といえば、最近では漫画原作のドラマ「エンジェル・ハート」の主役・冴羽獠(サエバリョウ)を好演していたのが記憶に新しい。演技の幅が広く、真面目で誠実そうな人柄が印象的な名俳優の一人である。

「青の時代」の榛名弁護士(表人格)や「遺留捜査」の糸村刑事を『白上川』とするなら、「ステップファザー・ステップ」の主人公(名称不明)や本作の佐方検事は『黒上川』と評したいと思う。役によって雰囲気がガラリと変わるのは、プロの仕事だと感銘を受ける。

 

ちなみに本作は弁護士・佐方貞人を主人公とする小説「最後の証人」の前日譚にあたる。「最後の証人」は2015年1月24日にスペシャルドラマ化されている。

 

 

さて、今作の題材は痴漢冤罪事件である。

「最後の証人」が殺人事件だったのに対し、今回は迷惑防止条例違反を扱った物語になっている。しかし、人の生き死にで物語のスケールが落ちるわけがない。痴漢冤罪は世の男性諸君にとっては社会的な死を意味する最重要事案といっても過言ではない。

 

日本の刑事裁判における有罪率は99.9%などということは非常によく取り沙汰されるが、冤罪で起訴されて有罪にまでされたら堪ったものではない。「それでも僕はやってない」と映画のタイトルのようなことを叫んでも、検察の御用聞きに徹する裁判所が聞いてくれるはずもない。痴漢冤罪は、それほど緊張感溢れる題材なのである。

 

 

今回警察に逮捕されたのは、財界に名を轟かせる本多家の入り婿で、教師の本多弘敏(津田寛治)である。彼は逮捕直後から容疑を否認しており、痴漢被害を訴え出た女子高生・仁藤玲奈(武富聖花)に「30万円払わなきゃ訴える」と脅迫されたと述べている。果たしてこの痴漢事件は事実なのか、それとも恐喝目的の狂言なのか。

 

 

痴漢冤罪を題材にしているだけでも胸の内側から黒い感傷が飛び出てきそうだというのに、登場人物たちの腹黒さ加減に辟易してしまって、ヘドロよりもドロドロしたどす黒い情動が抑え切れなかった。

 

 

まったく、まったくもう、ほんとうに……

 

何 様 の つ も り だ !

 

――と言ってやりたいほど不快な気分を味合わされた。

(それほど出演者の皆様の演技が達者だということです。素晴らしすぎる)

 

 

 事件が事実だろうと狂言だろうとお構いなしに、警察に圧力をかけて捜査を取りやめさせる本多家の人々。

佐方の上司を通して圧力をかけてくる衆議院議員

調査途中で事件の真相に感づきながら保身と出世欲のためにすべてを闇に葬ろうとした被告側弁護士。

イジメっ子の言いなりになって美人局で脅迫する女子高生。

カラダ目的で近づいておきながら相手の顔すら覚えていない証人。

嬉々として痴漢行為を繰り返しネット上に集う犯罪者共。

そしてなにより、犯行が立証されているにもかかわらず最後まで完全否認を貫き通す往生際の悪い被告人。

 

 

もうね、ホントもうね、

 

全 員 死 ん で し ま え !

 

――と何度叫びだしそうになったことか。

 

 

現実の人間が醜く愚かで薄汚い存在であるということはこれまでの人生で嫌というほど思い知らされてきたが、それすらもヌルイと思えてしまうような人物ばかりであった。

なんだろう、どうして人はこんなにも簡単に人を傷つけてしまえるのだろうか。

 

結局、今回の事件は被害者の訴え出たとおりであり、冤罪事件などではなかった。被疑者を送検するべきかどうかを自分の脚で丁寧に調べ上げた佐方検事のお手柄である。無論、佐方検事の事務官である増田陽子(志田未来)のフォローも役に立った。(とはいえ、女性検察事務官に単独でアダルトショップに聞き込みに行かせるとは、佐方検事もなかなかのツワモノである)

 

ただ、事件解決の決定的証拠が犯人たちの残した犯行動画だったというのは少々雑な展開だったかもしれない。確かに被告人が現行犯逮捕された後に繊維片を洗い落とすためにトイレに行ったことや、アダルトビデオを又貸しさせていたことなど、心証は真っ黒だった。しかしこの映像の存在が明るみになるまで被告が実行犯だという物的証拠は何もなかった。事件を手っ取り早く解決させる道具として犯行動画が選ばれたのだとしたら、できればもう一工夫欲しかった気もする。

 

また、被害者の女子高生・仁藤の態度の悪さが今回の事件をややこしくした感は否めない。訴え出たときから投げやりで、どこか他人事だった彼女。それもこれも彼女自身に後ろ暗い過去があったせいだったわけだが、これも大いに引っかかりを覚える箇所だった。

この手の「弱者が更なる弱者を食い物にする」という被害の連鎖には、その出発点に必ず極悪人がいる。今回は仁藤を虐めていた同級生たちがそれなのだが、どうして事件の一翼を担ったと言っても過言ではない極悪人が何らお咎めを受けずに堂々としていられるのだろうか。類似のケースでは東野圭吾氏の小説「卒業 -雪月花殺人ゲーム-」の登場人物である三島亮子や男子学生共が頭から離れないのだが、まったくをもって理不尽である。憤懣やるかたないなどという文語が咄嗟に出てきてしまうほど怒りを抑えきれない。可能であれば彼ら・彼女らが再起不能なまでにボロクソに罰を受けるところまで見たかったものだが、言っても詮無きことということも理解している。

 

 

 だいぶ愚痴っぽくなってしまったがそれはともかくとして、約2時間、ハラハラドキドキさせてもらった。本作もまた、おもしろい作品ではあっても楽しい作品ではないと評するべきものだと考える。

 

原作小説は現時点で3巻まで出ているとのことなので、来年あたりにスペシャルドラマ化がまたあるかもしれない。そうなればもちろん、確実に視聴する予定である。