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悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

ヒガンバナ 第10話(終)

ドラマ 邦画

録画したものを鑑賞いたしました。

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

 

第10話は、第9話の続きから。資産家である老人宅に強盗が押し入り、老人は死んでしまった。強盗犯として老人の娘を名乗る女とその弁護士が逮捕されたが、捜査七課の面々は逮捕に疑問を抱いていた。亡くなった老人の家政婦をしていた女のことを調べると、彼女にかかわった顧客の多くが不審な死を遂げていることがわかり……などの展開。

 

 

なんと本作は今回で最終回。録画したときに画面に表示される見出しに「終」マークがついていなかったことから来週も続くものとばかり思っていたが、よくよく見るとタイトルとサブタイトルのあと、一番右側に「終」マークがついていた。

 

 

本作の家政婦のモデルとなったのは、おそらく2009年に発生した「首都圏連続不審死事件」の犯人とされる木嶋佳苗であろう。確か彼女も「毒婦」とあだ名されていたはず。

 

要介護となってしまったために家族からも見捨てられ、身の回りの世話のほとんど全てを家政婦に任せきりにしていたことが、今作の事件の根幹にある。

 

人はいずれ歳を取るし、中には自分ひとりでは生活がままならなくなるほど身体が弱くなる人もいるだろう。そんな人を支えようとすると、今の日本では多くの庶民が共倒れになってしまうのが現状である。家政婦だの介護福祉士を雇える家庭などまだいいほうで、他者に頼れる経済的余裕がない貧困層老老介護しか方法がないなんてことも。近い将来、生涯未婚となる人間の数はもっと膨れ上がるだろうから、身体が動かなくなったら人知れず孤独死に直行なんてことも現実味を帯びてきている。

 

老いた人間の世話をするのはとても大変なことなはずなのに、それに対する社会的なフォローは信じられないほど少ない。社会の無理解や行政の無気力、当事者の無関心など、状況が改善される見込みはまったくと言っていいほどない。

 

そんななか、孤独な老人につけこむといった犯罪が起きるのはむしろ自然な流れなのではないかと思ってしまう。もちろん、それが良い事であるはずもないが。

 

詐欺の犯人となった家政婦は、若いときからずっと男に騙されて苦労させられっぱなしだったというが、だからといって無関係の人間を騙していいことにはならない。

 

 

また、この家政婦がやりたい放題できた背景には、彼女の罪を告白すると警察の不祥事もばらされる恐れがあるからという、裏取引があったからである。

 

警察による裏金作りなんていうといよいよ警察がただの合法ヤクザにしか思えなくなってくるが、どうせこれもドラマの話だけではなく、公然の秘密なのだろう。これを告発しようとすると本物のヤーさんが無関係を装って襲撃したり、行方不明にさせられたりするのだろう。なんて恐ろしい国だ。

 

宮刑事の父親が殺された事件は、この警察の不祥事を覆い隠すための隠れ蓑として利用されたのだという。これに関してはマスコミにも責任があると思うが。彼らは常にセンセーショナルな事件を面白おかしく報じる傾向がある。芸能人の恋愛報道だのスポーツニュースがどうなのと、それを知ったところで社会生活になんのメリットもないようなことに心血を注ぐ代わりに、本当に庶民が知るべき大会社や政治家・官僚の汚職や不正といった話はないがしろになる。そんなゴシップ記事しかかけないなら本社ビルの壁に好きなだけラクガキでもしていろという話である。

 

今回、ヒガンバナを立ち上げた瀬川課長(大地真央)が昔の不祥事に関わっていたことから、彼女自身がマスコミにすべてを打ち明けることで事件は解決した。彼女の告発がなければ家政婦の女を逮捕することはできなかっただろう。現実にこのような勇気ある人なんているはずもないが、これもドラマならではの展開といえる。

 

物語は伊東刑事と東野刑事が結婚するという衝撃のシーンで幕を閉じたわけだが、なんともあっさりした終わり方だった。

 

それもこれもあともう一話あると思っていた自分のせいだからなのだが、まあそれは置いといて。女性のかかわる事件をメインに取り扱うサスペンスということで、非常に楽しく見ることができた。それだけで満足しておくことにしよう。