悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

さよならドビュッシー  ピアニスト探偵 岬洋介

どこかで見たようなタイトルに惹かれて、録画することにした次第です。 

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

・概要

天才ピアニストにして名探偵、2つの顔をもつ男・岬洋介が、莫大な遺産を相続した教え子・真田遥の周囲で起きる難事件に挑むヒューマン音楽ミステリー。

 

不幸な火事で全身に大火傷を負いながらも、ピアニストへの道を邁進する遥。
そんな彼女を次々と襲う不可解な事件。
犯人は誰なのか!?
岬は、ピアノのレッスンを通して少女の生きざまを見つめ、その家族の人間模様を見つめ、事件の陰に潜む哀しい真実に迫ります。

 

原作は、シリーズ累計97万部を誇る「岬洋介シリーズ」の第一作で、第8回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作、「さよならドビュッシー」。
テレビドラマ初主演となる東出昌大をはじめ、黒島結菜北大路欣也ほか、今をときめくキャスト陣でスペシャルドラマ化。
劇中で演奏される、クラシック音楽を代表する名曲の数々にも注目です!
そして・・・・・・

待ち受ける衝撃のクライマックスを見逃すな!!

 

 

 

 

・感想

2016年3月18日に日本テレビで放送されたスペシャルドラマ。

 

原作は中山七里氏の同名小説。

2013年には橋本愛氏を主演として映画化もされている。その際、今回のドラマにおける主人公・岬洋介役はピアニストの清塚信也氏が演じたらしい。

 

なお、本作の主役は東出昌大氏が演じている。氏を拝見したのは映画「寄生獣」が初めてだったのだが、元はモデルだったらしい。俳優デビューしてからそこまで年数が経っていないのにもう主演とは、なかなか来ている役者さんなのではないだろうか。

 

 

 

本作は、冒頭から二人の少女が火事に巻き込まれるシーンから始まる。

 

一人はカリスマ女社長を祖母にもち、ピアニストとしての英才教育を受けた真田遥(黒島結菜)。

 

もう一人は、インドネシアで災害に巻き込まれて両親を失った遥の従姉妹、片桐ルシア(上白石萌歌)。ルシアは両親を亡くしたあと真田家に引き取られたため、遥とルシアは姉妹のように仲がよかった。

 

そんなある日、失火が原因で祖母が焼死し、現場に居合わせたルシアも亡くなった。二人は遺体の損壊が激しく、個人が判別できる状態ではなかったという。

そしてルシアと共にいた遥は一命を取り留めたものの、全身に大火傷を負ってしまった。顔は焼け爛れ、身体中の皮膚が継ぎ接ぎだらけとなり、ピアニストの命である指も痛めてしまう。

 

遥は整形手術によって元の顔に近いように修復してもらったが、事故の後遺症ゆえ、まともに声が出る状況ではなかった。

 

遥の容態が落ち着いてきたころ、祖母が築き上げた12億円もの財産を遺産分配する話が持ち上がった。弁護士が読み上げた遺書によれば、遺産のうち半分が遥に渡されることになっていた。ただしそれには条件があり、遥がピアニストとしての夢を実現するためだけに財産は使用できることとされていた。

 

 

真田家で火事が発生する前、真田家の近所にある富豪宅に下宿人として岬洋介というピアニストが住み始めた。この男、驚くべき経歴の持ち主で、父親が検事正なうえ、自身も元検事だったのだという。それでいてピアノの腕は超一流というのだから、天は人に二物も三物も与えるということなのか。

 

ただしこの男、頭は切れる代わりに音楽以外にほとんど関心がなく、歯に衣着せぬ物言いで人を困惑させることもしばしばだった。そんな彼が臨時講師として赴任した学校が、遥の通っている音大付属高校だったのである。

 

岬は重傷を負ってもなおピアノを弾こうとする遥に興味を持ち、彼女に厳しくレッスンをする。やがてぎこちなかった指は正確に鍵盤を叩くまでに回復していった。

 

そんなとき、遥の母親が神社の階段から転がり落ちて死んだ。

 

果たしてこれは偶然なのか、それとも……

 

 

 

主だった展開は以上なわけだが、そもそも「遺体の判別が不能」というキーワードが出てきた時点で物語のオチは予想がついていた。恐らく、作者もそのことはわかったうえで話を作っていたのだろう。この作品はトリックを扱うものではなく、動機を探るスタイルのミステリーだった。だから、大ネタの部分はそこまで重視しない。

 

重要なのは、どうしてこんな事態になってしまったのかという経過と、そこに至るまでの人間心理である。

 

ぶっちゃけた話、火事で死んだのはルシアではなく遥で、みんなが遥だと思っていたのはルシアだったというオチなのだが、この点でルシアを責めることはできなさそうである。

 

そもそも火災現場から彼女が救出されたとき、彼女の身元判別が衣服からしかできなかったという理由だけで、彼女に何の承諾も得ずに顔の修復手術をしてしまったのが悲劇の始まりである。

 

意識が戻ったら自分の顔が遥と同じにされていたのだから、ルシアのショックは計り知れなかっただろう。

 

こうなってしまった原因は、娘をピアニストにすることに執着していた遥の母親にあるだろう。全身に大火傷を負った少女を本人の承諾なしに手術できるとしたら、保護者の承諾以外にはありえない。彼女本人は遥とルシアを分け隔てなく接しているつもりだったかもしれないが、ルシアにとっても視聴者にとっても、彼女が実の娘である遥だけを贔屓していたことは明白だった。生き残った遥(だと誤認していたルシア)に対して、生き残ったのが遥でよかったということを何度も言ってしまえるあたり、娘への執着が重過ぎる。

 

遥の母が死んでしまった原因だって、ルシアが神社から突き落としたというより、真実を知った母が錯乱して勝手に落ちたというほうが正確である。その際のセリフもだいぶひどいものであったし。まるでルシアが故意に遥を死なせて、成り代わっていたかのような物言いだった。やはり、自分の子どもを親の第二号にしてしまうような人間が親になると、こういった無意味な悲劇を生んでしまうのだろう。

 

 

それにしても驚いたのが、主人公である岬がかなり早い段階から遥がルシアであることに気づいていた点だ。だったらそれをさっさと指摘しろよ、とは思ったものの、やはり彼は音楽以外に興味を持っていなかった。

 

劇中で岬が頻繁に口走っていた以下のセリフがそれを物語っている。

「音楽の前ではみな平等だ。ハンデなんか関係ない」

「重要なのはその人が何者なのかではなく、何を成し遂げたかだ」

 

つまるところ、自分の教え子となった少女が誰であろうと知ったこっちゃない、やる気と根性があったから面倒を見たくなっただけ、ということなのだろう。すごい探偵役もいたものである。

 

 

およそ二時間、楽しませてもらった。人の悪意がなくてもミステリーは成立するという好例となる作品だった。