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悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

99.9―刑事専門弁護士― 第10話 (終)

ドラマ 邦画

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり**

 

第10話は、都内で立て続けに起こっている連続殺人事件の被疑者の弁護をすることになった深山たち。被疑者はすでに自供しているとのことだったが、深山たちが接見に行ったところ、被疑者の青年はそれを真っ向から否定した。しかし、殺人が行われた現場には被疑者の血液と毛髪が残っており、状況証拠は被疑者が犯人だと物語っている。そこで佐田たちは被疑者の無実を証明するために、犯行当時のアリバイを証明しようとするのだが、深山はその弁護方針に懐疑的な様子。彼は言う。事実は簡単に捻じ曲げられてしまうのだと……などの展開。

 

日曜のドラマがたった10話で終わってしまうとは、これも時代の流れなのか。それとも本作がそれほどまでに不評だったと言うことなのか。個人的にはとても楽しみながら見させてもらっていただけに残念極まりない。深山の父親の事件など、回収しきれていない伏線がたくさん残っているというのに……

 

……まあ、愚痴っても仕方がない。ドラマの感想に移ろう。

 

今回も第1話同様、無実の人間を犯人に貶めるという極めて悪質性の高い冤罪事件を描いたストーリーだった。

 

真犯人の手口が悪質なのはさることながら、検察官の腹黒さ加減が犯罪者の域に達しており、見るに耐えないやり取りもあった。

 

佐田たちが必死に被疑者のアリバイを証明したというのに、そのアリバイをなかったことにするべく、検察側は事件が起きたと主張する時間を後付で変更してきたのである。検察側のむちゃくちゃな言い分を裁判所は唯々諾々と受け入れてしまったため、それにより佐田たちが見つけたアリバイは意味を成さなくなってしまったのだ。

 

深山が佐田たちに言ったこととは、こういうことだったのである。事件の背後に何があったのかという「事実」を証明しないかぎり、検察側は被告人を有罪にするために何度でも自分たちに都合のいいようにストーリーを書き換えるのだと。

 

かくいう深山の父親もまったく同様の手法によってアリバイが認められなくなり、一貫して無実を訴え続けたにもかかわらず実刑判決を受け、失意のまま獄中で病死したのである。

 

かつて一読した今村 核氏の著作『冤罪と裁判 (講談社現代新書)』でも日本における冤罪事件が発生する構図が実例を取り上げながら書き記されていたが、とにかく酷い有様である。

 

弁護士が主役のドラマだと検察側が悪役に描かれるとはいえ、このようなことが現実に行われているとしたら、立花のセリフではないが「よく平気でいられますね」といった感じである。自分の役職を鼻にかけて、人一人の人生なんてどうでもいいということなのだろうか。

 

自分たちは被疑者を有罪にすべく全力を尽くすのであり、罪を課すかどうかの判断は裁判所がしているのだから、たとえ冤罪を産んでも自分たちに非はない。検察が本当にそんなことを考えているのだとしたら、今すぐそんな輩からは資格を取り上げていただきたいものである。彼らが100人の罪人に求刑するあいだに、いったい何人の無実の人を罪に陥れてきたのかわかったものではないからだ。

 

事件の真犯人が現職の都知事で、医者をしていた頃のスキャンダルをもみ消すためだけに何人もの女性を殺害したというのも、世相を現しているようで薄気味悪い。権力を握ると人間は醜くなるのだろうか。某舛添なんちゃらとかいう都知事も自身に向けられた疑惑を解き明かすことも責任を取ることもなく、ただ漠然と要職から逃げ出してしまったし。嫌になる世の中である。

 

最終回は20分拡大スペシャルとのことだったが、非常にあっさりと話が終わってしまって何とも残念である。やはり不評すぎて打ち切りになってしまったのだろうか。だとしたら世の人々と自分との価値観に隔たりがあるということになってしまうのだが。何とも悲しい現実である。