終幕およびストーリー全体についての感想などを記録いたします。(その5)
***注意はじめ***
以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。
また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。
当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。
***注意おわり***
秋五と冬史が千里教本部に乗り込み赤尾と対峙していた頃、千里教の裏手にある防空壕では新たに事件が起こっていた。
遊郭・雪白で働いていた双子の遊女、小雪と芹が殺されたのである。
秋五が彼女たちの死体を発見した直後に有島刑事が現れ、先述した死闘を演じることになる。このとき有島刑事は、双子を殺したのは赤尾ではないかと推測を述べていた。
彼が本当にそのように考えていたかどうかは疑わしい。なにせ有島刑事は秋五と由良の関係を知っていたはずだからだ。
双子を殺害したのは、由良である。
千里教の在家信者だった双子は、赤尾の指示により由良の世話係をしていた。もしも彼女たちが由良こそが千里教の教主だと証言してしまえば、由良の計画は破綻してしまう。そのために、彼女たちは口封じされてしまった。
一方同じ頃、誘拐された和菜は千里教本部から移動させられていた。秋五たちが本部に乗り込んだとき、和菜はすでにそこにはいなかったのである。
和菜は薬漬けにされ、意識が朦朧となった状態で山奥に連れて行かれ、そこで千里教の信者に殺される寸前だったという。
和菜を救ったのは、素人探偵の七七であった。バラバラ殺人と千里教の関係にいち早く気づいていた七七は、更なる犯罪の証拠がないかを調べるために千里教本部を監視していた。そこで和菜が連れ出される現場に遭遇してしまい、意図せず命を助ける結果となったのだ。
これに関しては、素直に七七の手柄だといっていいだろう。
上月家の寝室にて七七による謎解きが披露されるなか、和菜のフリをしていた由良はまったく動じずに微笑んでいる。
本作中、由良の出番は驚くほど少ない。この物語が行方不明になった由良を探すという体裁で進んでいたため、彼女が登場するシーンは3つしかない。1幕の回想、「宣託の御子」としての会話、そして終幕での謎解きである。
それにも関わらず、本作をプレイした人間なら誰しもが上月由良という人物の存在を強烈に印象付けられることになる。
それほどまでに終幕における由良の言葉は、叫びは、重たいものだったのだ。
「憑き物筋」の家系、上月家に生れ落ちた由良には、双子の妹とは決定的に違う要素があった。上月家が呪われていると云われた由縁、「瞳」の色素異常である。
灰色の目を持つ由良を村人たちは蔑み、そればかりか両親さえも彼女を忌避した。それらの憎しみの視線は長い時間をかけて由良に蓄積され、やがて由良自身も自分が呪われている存在だと思い込むようになってしまった。
上月夫婦の離婚により、和菜は母親と共に神田へ移り、由良は父親と共に逗子に残る。これは経済的な事情から二人を引き離したのではなく、母親が由良を引き取ることを拒否したからなのではないかと推察する。二人の父親が由良を忌み嫌い、金のために軍へと由良を売り飛ばしたことは本作中でも述べられていたが、母親からも嫌われていたというのはドラマCD『コイノニア』において明かされている。
どこにも居場所がない。誰からも愛されない。孤独は確実に由良を蝕んでいった。
そんなときに出会ったのが高城秋五、本作の主人公である。
彼は彼で脛に傷を抱えていた青年だったせいか、たまたま出会った由良に親切にしてしまった。二人が恋仲になるまでに時間はそう掛からなかったが、別れの時も早々に訪れた。秋五が徴兵されてしまったのである。
やっと手に入れた愛すらも失い、由良は絶望の淵に立たされる。やがて人体実験は佳境を向かえ、由良は生死の境をさまよう様な目に合わされ、心身ともに壊された。
それでも彼女の心の中には、かつて愛した秋五との記憶が燻り続けた。秋五とすごした僅かな時間だけが、由良にとっての希望だったから。
由良の望みは子どもじみているほど単純だった。秋五に愛されたい、それだけだった。
しかし由良は、積年の呪いによって既に狂っていた。秋五と再会し、もう一度愛される。たったそれだけでよかったはずなのに由良は、秋五の周りにいる女たちを皆殺しにしようとした。
そして、呪われ続けた「上月由良」という存在を消し去り、妹の「上月和菜」に成り代わろうとさえした。
――正直、由良の行動は異常だと思う。たかが一人の男に愛されたいがために、周りの人間を大勢まきこんで、何人もの人を死なせて、妹に成り代わるために自分の「瞳」を刳り貫こうとして。由良は目的のために道を踏み外してしまったとしか思えない。
由良は叫ぶ。
「わたしの運命は、生まれた瞬間に決まってしまっていた!! 瞳の色が違う――、ただそれだけの理由によって!」
これを指して冬史は、
「結局の所――、お前は弱かったから、運命に屈した。それだけのことだ」
「生まれた環境なんて関係ない、お前の不幸はすべてお前が招いたこと。同情する余地もない――」
と吐き捨てる。
アルビノ体質により生まれついての白髪と赤い眼をもつ冬史からの言葉は、非常に重い。彼女もまた自身の境遇に苛まれてきた一人である。しかし冬史は闇の世界に身を置いてもなお、生きることを諦めなかった。(なお冬史の過去については「カルタグラ オフィシャルファンブック」にて短編が記載されている)
ただし、誰しもが冬史のように強くいられるわけではない。由良の絶叫にも一理はある。
だが、同情するには犯した罪が大きすぎる。どんな事情があったにせよ、由良はあまりに人を殺しすぎた。
由良が呪いに打ち勝つ強さを持った女性だったなら、上月由良として秋五との再会を目指せていたなら、彼女は罪を犯さなかっただろう。
それだけ人は、愛された記憶が大切だということなのだろうか。
そしてそれは、一人の人間を斯様に狂わせるほどの重大事なのだろうか。
哀しい哉、私にはわからない。