悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

地方紙を買う女 ~作家・杉本隆治の推理

毎度恒例、松本清張原作のスペシャルドラマです。

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

●概要

 小説家の杉本(田村正和)は、地方紙・金沢日日新聞の連載が決まり、東京から金沢へ移住。自らの作家生命を賭け、連載小説「遠い記憶」の執筆に専念している。作品の評判は上々、同紙文化部長の服部(佐野史郎)から連載の延長を依頼される。

 そんな折り、東京に住む芳子(広末涼子)という女性から「『遠い記憶』を読みたいので購読したい」という手紙が新聞社に舞い込んだことを聞かされる。芳子はどこで自分の小説を読んだのか、そしてなぜ途中から読みたいというのか?杉本はささやかな疑問を抱くが、アシスタントのふじこ(水川あさみ)は手紙は服部の捏造ではないかという。杉本が候補になっている文芸賞の落選が決まり、執筆意欲を失わせないように、と。
  居ても立ってもいられなくなったふじこは一人上京。芳子の存在を確認すると一旦は安心する。しかし、身分を偽り接近した芳子から何がしかの思惑を感じ取り、疑惑を払拭することはできなかった。

 数日後、芳子から「遠い記憶」がつまらなくなったから、と購読を断る手紙が送られてきた。小説は最近になって面白くなってきたはず。杉本には自信があったし、小説家仲間の東山(橋爪功)もそれを認め「失礼な」と鼻白む。杉本は芳子の一連の行動に一つの決断を下した。
 「この読者は、私の小説が読みたくて、新聞を購読したのではない」と。

 ならば、なにが目的で金沢日日新聞を購読したのか。杉本とふじこは、芳子が購読を希望した日付の新聞から詳細に読み返し、東京と北陸を結ぶある心中事件の記事を見つける。それは東京のデパート警備員・庄田(駿河太郎)と愛人でデパート店員の梅子(須藤理彩)の遺体が関野鼻で発見された、というものだった。
  芳子が読みたかった記事は、この心中事件に違いない。確信した杉本は、銀座の高級クラブで働く芳子を訪ねる。杉本が「遠い記憶」の著者とわかり、素直にわびる芳子。夫の潮田(北村有起哉)は代議士の秘書のため、羽咋に単身赴任。自分は東京で、今は亡き姑の介護に追われていたという。その夫も秘書を辞め、15年ぶりに東京で一緒に暮らせるようになる。幸せになれますね、という杉本の言葉に、なぜか芳子は複雑な表情を見せる。
  初対面の男女の何気ないやりとりだったが、杉本は帰り際そっと1枚の写真を置いて店を出る。確認した芳子を震撼させたその写真、そこに写っていたものとは?

 金沢へ帰った杉本は、ふじことともに心中事件、潮田の周辺などを調べ始める。庄田と梅子は本当に心中だったのか?他殺だとすれば、芳子がどう関わったのか?すべては真実が知りたいため…。小説家の業に突き動かされた杉本の前で明らかになる真実とは!?

 

 

 

●感想

2016年3月12日にテレビ朝日で放送されたスペシャルドラマ。

 

タイトルにもあるとおり、原作は松本清張の同名小説。

主演は田村正和氏。

 

個人的には田村正和氏といえば古畑任三郎が連想される。もちろん、氏の真のファンから言わせれば即座に反論が飛び交いそうな偏見ではあるものの、どうしても彼を見るとミステリー界の最重要俳優に思えてならないのである。

ご高齢のためか近年TVドラマで拝見する機会もすっかりなくなってしまったものの、氏が出演するスペシャルドラマなどは極力見るように努めている。あの独特な渋みと格好良さは他の俳優陣には出せるものではない。そんなことを言っていたらまた昔の作品を見たくなってきてしまった。

 

それはさておき、ドラマの話である。

 

wikipediaによれば、本作は過去に何度もTVドラマ化されているほどの人気作品らしい。直近では2007年に日本テレビで放送されたものがある。

 

ただ、原作では主人公が疑惑の女・潮田芳子となっており、彼女の視点で物語が進行するらしい。彼女の目論見がいかにして破綻していくのかを描いたサスペンスなのである。

 

それが今回のスペシャルドラマでは、原作のキーパーソンとなっていた小説家・杉本隆治を主人公に据え、彼の自発的な行動によって潮田芳子の計画を看破するという流れになっている。この原作の「新解釈」こそが本作のウリとなっていたらしい。(もっとも、原作を読んでいない筆者からすれば、このドラマの構成こそがミステリーらしくて好みではあるのだが)

 

 

本作の感想に移ろう。

主人公・杉本隆治は、作家人生を賭けて金沢に居を移して地方紙に小説を連載している人物である。彼自身は勝利に縁のない作家だと自虐していたが、転居先の家の豪華さや助手を雇っている現状から見て、金には困っていないように見える。それなりに成功した作家だといえる。

 

そんな彼の連載小説が気に入ったから、新聞の定期購読がしたいという手紙が新聞社に送られてくる。金沢でしか普及していない地方紙を、東京に住む婦人がである。この不自然さから、杉本は女性が自分の小説が目当てではないとすぐに見破る。

 

疑惑の女性・潮田芳子からの定期購読依頼があってからしばらくして、関野鼻という断崖絶壁の社屋で男女が心中遺体が発見される。この遺体発見の記事が出されると、芳子はすぐさま新聞社に手紙を送る。曰く、小説がつまらなくなったから新聞の定期購読をやめたい、という。

 

彼女の発言に作家としてのプライドがいささか傷ついたのか、それとも推理作家としての好奇心がまさったのか、杉本は助手の田坂とともに心中事件について調べ始める。

 

杉本たちはこの時点でただの推理作家とは思えない行動力を見せるのだが、それだけ事件に興味があったということなのか。

 

 

いろいろすっ飛ばして事件の真相を述べてしまうと、男女の心中事件は杉本の見立てどおり、芳子による殺人事件なのであった。

 

この死んだ男女は愛人関係にあったらしいのだが、特に男の方が稀に見るクズ野郎なのであった。妻子がいる身でありながら、一緒に殺された女以外にも多くの浮気相手がいたらしい。デパートの警備員というとそこまで裕福な身分ではないと思われるのに、女をとっかえひっかえできるとは、その性欲の強さに恐れ入る。

 

芳子はこの男女によって万引き犯の汚名を着せられ、弱みを握られてしまう。政治家秘書の妻であった芳子は男女の理不尽な要求を断ることができず、芳子はついに男に身体を許してしまう。

 

とはいうものの、そこに至る前に芳子の幸せは既に失われていたのだから、泣きっ面に蜂状態だったとも言える。というのも、芳子は政治家秘書の夫である実母の介護をするために、夫と15年間も離れて暮らしていたという。それもう夫婦としては破綻しているのではないかと視聴者としては思われるのだが、それでも芳子は夫を愛していたらしい。しかし芳子は、義母の介護をするために子どもを堕胎するように夫に頼まれてしまい、しかも堕胎手術が失敗したことによって二度と妊娠できない身体になってしまったというのだ。

 

正直、不幸が重なりすぎていつ自殺してもおかしくないほどの状況だったと思うのだが、それでも芳子は耐えていた。身寄りのなかった芳子は、いつか夫と二人で暮らせる日を夢見ていたのである。

 

しかし、芳子にたかるクズ男とその愛人の要求は度を越していき、ついには一生付き纏ってやるとまで言い放った。そこでついに、芳子の堪忍袋の緒が切れたのである。

 

事件に使われた青酸カリは、男が工場勤めしていた知人からもらったものだという。それ一体どんな工場なんだ、いくら危ない薬品だからって自分が嵌めた女性に預かって欲しいなんて言って自分に使われるとは思わなかったのかなどなど、いろいろと疑問に思うことはある。ついでに言うと自分が脅迫している女が企画した温泉旅行にほいほいついて行って、出された食事に何の疑いもなく手を伸ばすなんて、毒を盛られているとは一片も考えなかったのだろうか。まあ、それほど相手を下に見れる人間でなければ他人を脅迫なんてできるはずもないのだが。

 

このクズ野郎が心中したと報じられたことによって、男の子供たちは絶望しているという。お父さんは自分たちのことなど考えないで、他所の女の人と死んでしまったのだ、という具合に。しかし父親が自殺ではなく他殺だったのなら、子どもたちにとっての救いになるとは妻の発言である。

 

これは、正直どうなのだろう。確かに心中というと外聞が悪いけれど、他殺も犯行動機如何では相当に外聞が悪いと思われるのだが。何せ殺された理由が、「何の罪もない婦人を骨の髄まで脅迫しつづけたから」である。自分の父親がそのような極悪人だったと知った子供たちは、心中したと聞かされた以上の絶望を覚えるのではないか。それに、心無い同級生たちによって「やーいお前の父ちゃん犯罪者ー」なんて言っていじめられるのではないか。そんな未来しか見えないのだが、どうなのだろう。

 

 

話が脱線してしまった。まとめに入りたいと思う。

 

今回、原作では主役だった芳子を広末涼子氏が演じていた。彼女が出演した作品もいろいろ見てはいるものの、直近で思い出せるのは2014年にNHKで放送されたTVドラマ「聖女」、2015年にTBSで放送されたTVドラマ「ウロボロス~この愛こそ、正義~」である。

どちらも影のある女性として出演していたせいか、芳子役の妖艶な演技が非常に怖かった。なんというか、目が普通じゃないというか、油断したら取り殺されそうな迫力があった。なんにせよ、名演だったことに疑いはない。

 

およそ2時間ほど、楽しませてもらった。

今回のスペシャルドラマは2夜連続企画ということで、同じく松本清張の原作ドラマ「黒い樹海」についても近日中に視聴予定である。