悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

殻ノ少女《 FULL VOICE HD SIZE EDITION 》 その8

***注意はじめ***
以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

・雑感

 

誘拐された冬子の行方を追うことより、冬子の願いを優先させることにした玲人は、ひとり倉敷へと訪れる。
半月ほど前に見学した中原美術館にて、玲人は中原家の顧問弁護士と面会する。
玲人はそこで、改めて冬子の来歴を知ることになる。
冬子の母である美砂は美術品の修復師として働いていた時、中原家の御曹司と恋に落ちた。
美砂はこの時すでに幼少の冬子を連れたシングルマザーだったため、中原家当主は二人の結婚を認めなかった。
しかし第二次大戦が佳境を迎えたころ御曹司が徴兵されることになったため、籍だけは中原家に加えられたのだという。
その後、御曹司の戦死の報せを受けた美砂は中原家に居場所がなくなったことで、冬子を連れてはるばる群馬の地まで引っ越していったのだという。
美砂は東京に出稼ぎに行くため、幼い冬子を群馬の修道院に預け、週末にのみ戻ってくるという生活を続けることになる。
玲人はその後の経緯を修道女である桂木シスターから聞かされる。
終戦を迎える数か月前から美砂は修道院に戻らなくなり、その後2年にわたって音信不通となってしまう。
そのころ、朽木家から養子縁組の申し出があったため、シスターは冬子を朽木千鶴の養子とすることに決めたのだという。
冬子の感じていた違和感や孤独、その正体を垣間見た玲人は、倉敷と群馬で知った事実をもとにこれまでの事件を読み解く。
なぜ小説家は4人もの少女を惨殺したのか。
なぜ冬子を攫って逃亡したのか。
玲人は間宮邸に事件関係者を呼び出し、自らの推理を間宮心像にぶつける。
間宮家にまつわる闇、そして消えた中原美砂の行方について。
すべての発端は「殻ノ少女」だったのである。
小説家は幼いころ、自分を虐待した母親を殺害し、「壊れ」てしまった。
そんなとき、東京に出稼ぎに来ていた中原美砂が間宮心像の助手として間宮家を訪れることになる。
 
彼女の姿に真の「母」を見た小説家は一時の救いを得るが、幸せな時は長くは続かなかった。
 
当時、狂気に侵されていた間宮心像の手により美砂は殺害され、その結果ひとつの芸術作品が誕生した。
 
それこそが、彼女の遺体を使って作られた「殻ノ少女」だったのである。
 
おぞましくも美しい作品を目撃した小説家は家を飛び出し、あてもなくさまよい続け、何の因果か群馬の修道院までたどり着く。
 
小説家はそこで幼き日の冬子と――母と慕った美砂の娘と出会っていたのである。
 
すべては、失った母の姿を取り戻すための凶行だったのだ。
 
玲人は間宮心像を糾弾する。もしもほんのわずかでも美砂を愛していたというのなら、今こそ彼女を解放すべきである、と。
 
間宮心像はすべてを自白し、玲人たちは「殻ノ少女」の実物――死蝋化した美砂の遺体を発見する。
 
こうして時効寸前だった過去の事件は暴かれた。
しかし依然として小説家と冬子の行方は杳として知れない。
 
数日後、玲人はステラとの何気ない会話の中で、予想だにしなかった事実に気づいてしまう。
 
6年前、玲人の恋人を含む6人の妊婦が惨殺されながら未解決となった連続殺人事件。
 
その犯人である六識命(ろくしきまこと)が、偽名を使って朽木家の病院に潜伏していたことに。
そしてヤツこそが、この1か月あまりに起きた2つの連続殺人事件を裏から操っていた黒幕だったということに。
抑えがたい怒りと復讐心を抱え、玲人は六識と対峙する。
冬子の母である美砂の実の兄でもあったその男に、玲人は銃を突きつけた。
 
しかし最後の瞬間、玲人は怒りに身をゆだねることができなかった。
 
ここで六識を殺してしまえば、未解決だった事件も含めてすべての真相は闇に葬られることになる。
 
彼は、どこまでも「探偵」だったのである。
 
こうして六識は捕らえられ、戦前から続く因縁に端を発した事件を解決した玲人だったが、その心が晴れることはなかった。
 
自分の居場所がどこにもないと苦しんでいた少女一人救うこともできなかったのだから。
 
冬子と逢瀬を重ねた井の頭公園で、ふと彼女が描いていた絵のことを思い出す。
玲人は私立櫻羽女学院まで駆け出し、完成したら見せると言っていた彼女の絵を目にする。
完成したその絵には、殻から飛び出した瑠璃の鳥が描かれていた。
数奇な運命をたどり、病に侵され、瀕死の傷を負い、果ては姿さえも消えてしまった冬子。
どこにも居場所がなかった孤独な少女は玲人と出会ったことで、最後の最後に自由を手にし、確かに救われていたのである。
玲人は彼女の遺した絵画を見つめながら、冬子の心に思いを馳せるのだった。
 
 
 
 
 
 
 
本作はアドベンチャーゲーム特有のマルチエンディングを採用しているとはいえ、続編である「虚ノ少女」へとつながるTRUEのルートはこれまで追い続けていた物語となる。
 
結局、物語は冬子が行方不明のまま終わってしまう。ただ、攫われた当時の冬子の身体がどういった状態だったのかについては別のエンディングにて語られているため、どのみち長くは生きられないだろうという想像はできた。
 
消化不良気味とはいえ、事実上冬子は死んでしまったと考えるのべきなのが「殻ノ少女」発売当時の2008年時点での結論である。
 
決してハッピーエンドとは言えない、苦みを残した結末であるため、万人にオススメできるかというとそうではないのだが、やはりそれでもミステリ作品としては傑作であると感じる。
 
カルタグラから続く本作の世界観は、どこか悲哀に満ちた郷愁を掻き立てながらも、最後には一片の希望を残してくれる。
 
物語のエピローグは、事件から数か月後に秋五と和菜の娘が生まれ、玲人に名付け親になってほしいと頼まれるというシーンで終わりを迎える。凄惨な事件に翻弄された最後にこのエピソードを見たときは胸が詰まる思いがしたものである。
 
ここまででも物語としては完結していたのに、何を思ったのかイノグレは「殻ノ少女」が発売した5年後になって突如として続編である「虚ノ少女」を発売する。
 
攫われた冬子がどうなったのか、その真の結末についてはここで語られることになるのだが……その話はまた別の機会まで待っていただきたい。(来月にはリマスター版が発売されるので、いやというほど語ることになるはずである)
 
 
 
 
 
 
――さて、ここまで登場人物が多く、複雑に絡まった作品だと本来ならばもう少し詳細な解説を述べるべきなのだろうが……時間の都合により大幅に短縮してお送りしたい。
 
 
 
まず事件の黒幕と目される六識命という男について。
 
公式資料集ですら「異常者」と表記されるこの男は、上述の通り冬子の母である美砂の兄にあたる。
 
敬虔なクリスチャンでありながら、生まれながらの反社会性サイコパスという狂人であり、自身の苛烈な道徳心を知らしめるためなら殺人も厭わないという強烈なキャラクターである。
 
物語を全て読み終えても、彼が事件の裏でどのように暗躍していたのかは謎に包まれたままである。どうして教師や小説家を誘導し、殺人事件を引き起こさせたのか、それは続編である「虚ノ少女」でも明かされていない。
 
そのためここからは完全な想像になってしまうのだが、個人的な解釈を残しておきたいと思う。
 
 
 
<<推論>>
 
六識は異常な精神性の持ち主ゆえに、堕胎という行為を決して許すことができなかった。生まれ来る生命を冒涜する言動をした女性たちを、身勝手な理屈をこねて惨殺していった。それが、6年前に起きた「六識事件」の経緯である。
 
警察の捜査の手を逃れた六識は偽名を使い、精神科医として朽木病理学研究所に潜伏する。その間に医者として数々の患者を癒しながらも、件の教師や小説家といった患者たちも診ることになる。
 
彼は病院勤務ゆえの特権で、女学生の堕胎が頻発していることを知る。その中に、教師の実妹が含まれていたことも。
 
ここで六識の偏執的な道徳心が再び沸き起こり、彼女たちに罰を与えなければならないという一種の使命感のようなものが出てきたのではないだろうか。
 
ではなぜ、6年前のように六識自身が女学生たちに手を下さず、教師を操ることで殺人を犯させたのか。
 
推論を重ねるならば、理由の一つは実験したかったからではないかと考えられる。
 
六識は医者でありながら研究者である、という自負を持っている。そのため、他人が自分の思った通りに殺人行動を起こすのかを試してみたくなったのではないだろうか。
 
(実際、バッドエンドの一つにこんなものがある。和菜の殺害を止めることができず、教師を逃がしてしまったあと、妹の紫が誘拐されてしまう。脅迫文を読み解いて紫を見つけたはいいものの、彼女は氷漬けにされたうえ牢獄に閉じ込められており、その扉の鍵は気絶させられている秋五の腹の中に収められている。紫を助けたいがために玲人は秋五を殺害し、廃人となってしまう。このエンディングの派生ルートに秋五を殺さない場合があるのだが、そこで六識は「あの極限状況で殺人に至らなかったのは信じられない」といった、あたかも玲人が精神支配されなかったことを悔しがっているかにも思えるコメントを魚住に聞かせているのである)
 
 
そしてもう一つの理由は、最終的なターゲットが別にいたのでその予行演習がしたかったから、である。
 
先述の通り、六識命と中原美砂は実の兄妹である。しかもあろうことか、彼らは男女の関係にあったという。
 
(これは余談だが、美砂は冬子のことを兄である六識との間に生まれた娘だと考えていたらしい。しかし、六識は先天的に精子を作れない身体であったため、冬子が彼の娘であることは遺伝学的にありえない。そのうえ、冬子を攫おうとした者たちの調べによれば冬子の遺伝子には父親の遺伝情報が欠落しているという。つまり、冬子は母親である美砂の遺伝子をそのまま受け継いだ単為生殖のクローン体であったということになる。理屈のうえではそうなのだろうが、この辺りは現実にはあり得ない事例のため完全にファンタジー設定だと言えるが)
 
六識は歪んではいたものの、確かに美砂のことを愛していた。それは美砂が六識の元から去り、中原家に嫁いだあとも同じだったのだろう。しかし美砂はそのあと行方不明になってしまう。
 
朽木院長と間宮心像は絵画の取引をするほどの仲だったため、六識の個室にも心像作の絵画が飾られているという描写があった。このことから推察するに、おそらく六識はいずれかの時期に絵画「殻ノ少女」を見たことで全てを悟ったのではないだろうか。
 
そんなとき、美砂の行方を眩ませた間宮心像の子供が自分の患者として通院していたのだとしたら……間宮心像を破滅させるためのコマに利用したくなるのではないだろうか。
 
<<推論おわり>>
 
 
まあなんにせよ、六識が異常者であることには違いない。時系列で考えるなら、美砂と肉体関係があったころにはステラの姉であるセレスティアルとも交際していたはずなので、この時点でサイコパス二股野郎である。
 
快楽のための性行為は禁じられるべきとか言っちゃうその口で堂々と浮気しておきながら、妹との性交渉は家族愛に基づくものだから許されるとかダブルスタンダードにもほどがあろう。それとも二人の女性を同時に愛しても真実の愛だから不貞ではないとか宣うクチなのだろうか。一方で妹を愛していたといいながら研究対象だったとも言い放ったり、なんかこう、女子供を道具としか思っていない悪辣な宗教者みたいで心の底から気持ち悪い。
 
 
 
 
続いて玲人の妹・紫について。
 
立ち位置としては(当然ながら)攻略対象外のサブキャラなのだが、カルタグラでいうところの和菜のような、いわゆる「残念美人」に該当する。
 
セリフ回しも立ち振る舞いも完ぺきな大和撫子で「こんな妹欲しいぃぃぃぃぃっ!!」となりそうなのに、やや常識にうとく「蟲好き」というトンデモ設定が付与されているせいで笑いも取ってくれる。次から次に友人が亡くなってしまい可哀想な限りだが、彼女の受難は次回作である「虚ノ少女」でも続くことになる。
 
 
 
 
次に、この物語における日常を演出してくれた喫茶「月世界」の女店主・葉月杏子とアルバイト・雨宮初音について。
 
玲人や紫、魚住といった面々は、何かあるたびに昔馴染みである杏子の店に顔を出し、時には捜査の打ち合わせなどを行ったりすることもあった。戦後の復興が進んできた世界観を描写するにあたって、この店での会話は大いに雰囲気づくりに貢献している。ちなみに中の人はカルタグラで凛を演じた方なので、もはや「イノグレと言えばこの人」といったところ。優しく気立てのいい「働く女性」を見事に演じ切っている。
 
玲人と同様に連れ合いを亡くしていることから、二人が男女の仲になるルートも存在するのだが……なんというか、ここまで節操がないと玲人の貞操観念の緩さが心配になってきたりもする。
(その点については秋五も似たり寄ったりなのだが、ドラマCD「虚ノ少女 天に結ぶ夢」にてこの点が触れられており、硬派ぶっている割に玲人がかなりのプレイボーイだったことが垣間見える)
 
 
かたや初音については、過去作「カルタグラ」をプレイしているユーザーなら言わずもがなな癒し系キャラである。義母となった雨雀の許可を得て、接客業の修行のために「月世界」で働いているという。会話にて紫よりも年上と判明しているため、ようやく成人になるかどうかというところなのだろうが、出自が特殊なだけあってやや精神的には幼いままである模様。
 
なおこの二人、かなりの頻度で顔を出す割には物語の本筋には一切関わりがないため、物語終盤には若干空気になっていたのが寂しいところではあった。初音にいたっては続編の「虚ノ少女」ではバイトを卒業しており登場すらしない。
 
 
 
 
最後に、言わずと知れた本作のメインヒロイン朽木冬子について。
 
少年のような語り口でありながら、ふとした拍子に年相応の少女らしさをにじませたりと、一種独特な雰囲気を纏っていた。独白の中では、自身の境遇に思い悩みながらも、玲人に救いを求めていたことが明かされていて、なんとも物悲しい人物である。
 
冬子が一体なにを思って「瑠璃の鳥」を描いたのかはついぞ明かされることはなかった。しかしTRUEルート以外の冬子の言動を見るに、存在のあやふやだった「冬子」そのものを見つめてくれた玲人に救われていたのは確かだろう。
 
彼女自身は誰かに救いを求めることを指して「愛におぼれてはならない」と自戒していたが、そう自覚するくらいには玲人のことを心から愛していたのではないだろうか。
 
(あと、物語中は登場人物たちの年齢は極力明言されないようになっているのだが、私立櫻羽女学院が現在でいうところの中等部に該当することは明らかであるため、そうなると冬子はJCということになってしまうのだが……達観した精神性は時代背景ゆえということなのか。どのみち玲人は淫行で捕まるはずだが)
 
 
 
 
 
さて、本編についての感想はここでいったんお開きとして。
最後の最後に、今回「殻ノ少女《 FULL VOICE HD SIZE EDITION 》」の初回限定版に付属していた別冊小説「先生と私」についての概要を残しておきたい。
 
全87ページという小冊子と呼ぶには分厚いA5サイズほどの冊子には次の3篇の話が掲載されている。
 
 
 
・「先生と私」
昭和19年(1944年)の夏から冬にかけて、中原美砂が間宮心像の助手として働き始めて、殺害されるに至った経緯についての物語。
 
「母」が居なくなったと被害者ぶっていた小説家も心像による殺人に加担していたことは驚きである。お前どの口で心像を責め立てたんだ、と言いたくなる。もちろん、心像が一番の極悪人であることに疑いの余地はないが。
 
話の大部分は美砂が視点となっているが、物語の終盤になると時代が昭和31年(1956年)へと変わり、別の女性へと視点が移る。この女性が何者かについては続編である「虚ノ少女」をプレイしていないと絶対に分からないため、初見の読者にはやや不親切ではある。しかし、例の小説家が冬子を攫ったあと何をしていたかがわかる重大なエピソードになっているため、やはり必見である。
 
また、本編を読んでいて不思議に思っていたことだが、小説家が幼少期に群馬の修道院にたどり着いたのが偶然ではなかったということもこの逸話から判明する。
 
美砂が兄である六識の異常性に気づいたことで逃げ出していた、という点もここで初めて明かされた情報である。
(当の六識は「妹は自分を愛していたはず」と玲人に言ってのけていたが、やはりサイコパス故に本当の意味では人の感情が理解できていなかったのだろう。美砂にさえ自身を研究対象としか見ていなかったと見透かされていたというのに……)
 
 
 
・「ネアニスの卵」
・「シェオルの殻」
⇒劇中で件の小説家が発表した小説で、ゲーム中も何度かその一説が語られている。「ネアニスの卵」はダンテの神曲をモチーフにした話で、「シェオルの殻」は小説家自身の生い立ちを参考にした物語となっている。
 正直、難解なうえに不気味でしかなく、これを好き好んで読む女学生とはちょっと友達にはなれそうにないなと思ってしまいました(小並感)
 
 
 
長い長い過去作の追憶もこれにてようやく一区切りである。まさか読み終えるまでに半年以上もかかってしまうとは。
 
次回作の「虚ノ少女 《 NEW CAST REMASTER EDITION 》」についてはもっと手際よく読み進めていかなければ年末の「天ノ少女」の発売に間に合わなくなる。
 
気を引き締めていきたい所存である。