悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

オデッセイ

前々から気になっていた映画を、映画デーに見ることができるという幸運に恵まれました。 

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

●概要

 火星にひとり取り残された宇宙飛行士のサバイバルを緻密な科学描写とともに描いた、アンディ・ウィアーのベストセラー小説「火星の人」を映画化。極限状態の中でも人間性を失わず、地球帰還への希望をもって生き続ける主人公マーク・ワトニーをマット・デイモンが演じ、「エイリアン」「ブレードランナー」などSF映画の傑作を残してきた巨匠リドリー・スコットがメガホンをとった。火星での有人探査の最中、嵐に巻き込まれてしまったワトニー。仲間たちは緊急事態を脱するため、死亡したと推測されるワトニーを置いて探査船を発進させ、火星を去ってしまう。しかし、奇跡的に死を免れていたワトニーは、酸素は少なく、水も通信手段もなく、食料は31日分という絶望的環境で、4年後に次の探査船が火星にやってくるまで生き延びようと、あらゆる手段を尽くしていく。

 

 

オデッセイ : 作品情報 - 映画.com

 

映画『オデッセイ』オフィシャルサイト

 

 

 

●感想

2015年に製作され、日本では2016年に公開されたアメリカの映画。

主演はマット・デイモン

 

小説が原作らしく、原題は「The Martian(=火星の人)」である。

西洋の映画は往々にして、その作品の内容をストレートに題名にしてしまうことが多い気がする。確かにこの映画は火星にとり残された宇宙飛行士が地球に帰還するまでを描いたものだが、「火星人」ではあまりに直球すぎる。「アナと雪の女王」だって原題は「Frozen(=氷結)」だし。このあたりは、言いたいことをはっきりと手短に言うことが美徳とされている西欧諸国の価値観がもろに現れているのかもしれないが。

(それからすると2011年の映画「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(Extremely Loud & Incredibly Close)は日本で流行りの文章系タイトルともいうべきものであり、これは相当に珍しいと思われる)

 

とはいえ、本作に「オデッセイ」というタイトルをつけた日本人の感性も個人的には理解しがたい。

いや、言いたいことはわかっているつもりである。「オデッセイ」とは「オデュッセイア」の英語発音で、これは紀元前8世紀の詩人ホメロスが記したとされる長編叙事詩のタイトルのことだ。「オデュッセイア」は英雄オデュッセウスが故郷に帰り着くまでの軌跡を記した冒険の物語らしいから、本作の主人公の活躍がオデュッセウスの旅路と重ねられると言いたいのだろう。

ただ、もう一捻りほしかった気もする。このタイトルだと本家の「オデュッセイア」と区別しづらいため、後年には埋没してしまう恐れがあるのではないかと思えてならない。

 

まあそんなどうでもいい心配はいいとして。本作の感想である。

 

まずは一言、「植物学スゲェェェェェェェ!!!!!!」と言いたい。

 

マット・デイモン扮する主人公のマーク・ワトニーは、火星での探査任務中に嵐に巻き込まれて消息不明となってしまう。他のクルーたちは彼が死んだと思い、火星から脱出して地球へと向かう。しかし、マークは奇跡的に生きていた。火星にただ一人置き去りにされてしまった彼に残されたのは、探査用の居住スペースと僅かな食料だけだった。

 

地球との連絡手段などないし、次にアメリカが火星への有人飛行を行うのは4年後のこと。残された食料をどう節約したところで1年も持ちはしない。水の浄水・再生機が壊れても、居住スペースが崩壊しても死んでしまう。こんな状況に直面したらその場で自殺したくなるほどの絶望がマークを襲う。

 

しかしこのマークと言う男、これでもまったく諦めようとしないのである。というのも、彼は宇宙飛行士である前に植物学者だったのである。そのため、備蓄食料であるジャガイモを栽培して増やすことができれば、助けが来るまでの時間を稼げると考えたのだ。

 

ただし、火星には酸素もなければ土に栄養もない。火星の地表では作物など育たない。だから居住スペースに火星の土を運び込み、トイレの中から排泄物を取り出して肥料を作り、屋内で栽培を始めたのだ。耕作に足りない水はヒドラジンという無機化合物を水素と窒素に分解する装置を作ることで用意したりと、常人には不可能な、恐るべき行動力である。

 

しかもマークのスゴイところはそれだけではない。その強靭なまでの精神力である。彼は自分が置き去りにされたにもかかわらず、すべては事故だったと納得しており、誰も恨んではいなかった。さらに、たった一人で地球から数億キロも離れた火星で生き延びなければならなくなったのに、健全な人間であろうと努力しつづけた。映像記録で日報をつけ、趣味にあわないディスコ曲を聴いてテンションを上げ、常に言葉を発し続けた。誰にでもマネできることではない。

 

NASAの面々は火星の地表を衛星写真で監視していたのだが、火星の探査隊が緊急離脱してから約1ヶ月たったとき、彼らが暮らしていた居住スペースの周りで物が動かされていることに気づく。ここでようやく地球側の人間がマークの生存を知るのである。

 

そのあとのNASAの対応は、なんとも自己保身に走ったものであった。マークの事故死を報道に伝えたあとの発覚だったために、最初はマークをこのまま見殺しにしてもよい勢いだった。だが結局はマークを救出するために各部門の専門家たちが結集して、救援物資を火星に打ち上げる計画を練ることに。なら最初からやれよとは思ったが、まあいいだろう。

 

マークが火星に打ち捨てられた「パスファインダー」なる探査機(1997年のものらしい)を発見し、それによって地球との交信を成功させたときには、いよいよ物語が盛り上がってきた。

しかし、ここでマークに悲劇が襲う。突然の嵐によって居住スペースの一部が大破し、栽培していたジャガイモが死滅してしまったのである。目算では400日ほどもたせられたはずの食料が収穫不能となってしまう。

さらにNASAによる救援物資の打ち上げも失敗に終わり、いよいよマークは死んでしまうのかと思われた。

 

そこで、地球の頭のいい面々が新たに計画を練り直した。それは、いま地球への帰路についている火星探査チームに補給物資を送り込み、彼らにそのまま火星に引き返してもらうというものだった。

救援物資の受取に失敗しても、地球を迂回して火星に向かうのに失敗しても、彼らは死ぬ。仮にそれらに成功しても、宇宙旅行が1年以上も延長されてしまう。

このような厳しい条件だったにもかかわらず、マークの仲間たちは彼を助けるために火星へ引き返すことを即断する。

 

それから7ヶ月近くが経過したあと、いよいよマークの救出計画は実行に移される。

計画の手順を完結に説明すると、

①マークが脱出艦に乗って火星の大気圏外に出る、

②火星探査チームが宇宙に飛び出たマークをキャッチ

というものである。

その準備として、マークは火星に設置された脱出用の宇宙船からあらゆる荷物を取り払い、船の軽量化を図る。そうしなければ、火星探査チームが彼をキャッチする高さまで飛ぶことができなかったからだ。徹底した軽量化をめざして、食料も窓も天井さえも取り払い、空いた穴は特殊な布地で覆い隠した。にわかには信じがたいが、専門家の意見によれば、宇宙服さえ着ていればその状態で大気圏を出ても生きていられるのだという。

 

火星から脱出したマークを、彼の仲間たちが拾い上げたときの感動は鳥肌ものだった。二者の距離が離れすぎていて、このままマークが宇宙へ漂流してしまうのではないかと手に汗を握る20分間だったが、なんにせよ人死にが出なかったのは幸いだった。アドベンチャー系の作品で死者が出るのは個人的には納得できないため、その点だけでも高評価である。

 

ぐだぐだと書き散らしていったが、総括すると「傑作」だと言える。

この手の漂流者によるサバイバルは古くは「ロビンソン・クルーソー」、トム・ハンクス主演の「キャスト・アウェイ」などといろいろあるが、本作のスケールの大きさには恐れ入った。後味もよかったことだし、万人に薦められる作品である。