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悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

お義父さんと呼ばせて 第4話

録画したものを鑑賞いたしました。

 

***注意はじめ***

以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

第4話は、美蘭と保を別れさせるために意固地になった紀一郎が、二人の間を引き裂く刺客として部下の砂清水(山崎育三郎)を差し向ける……などの展開だった。

 

砂清水は徹頭徹尾コメディタッチな人物描写がなされており、いわゆる「ウザイ」人物である。現実にこのようなキザったらしい変態がいたら一発ぶん殴ってやりたいところではあるが、物語の中でなら許される。とはいえ、美蘭は砂清水のことなど眼中にないため、最初から刺客などになりえるはずもないのだが。

 

今回の話は、砂清水の存在で笑いをとりつつも、会社社会に蔓延る悪しき慣例に対するジェネレーションギャップを扱うという、やや重いテーマで進行していった。

 

 

美蘭は保の上司にあたる人物からシステムの外注を依頼されたのだが、完成寸前になって理不尽にキャンセルされるという目に合わされた。

商道徳的にも人道的にも保の上司にあたる人物が悪いのは一目瞭然なのだが、ベンダーである美蘭の方が立場が弱いため、無理矢理謝罪させられてしまう。

 

一方で保の部下は、取引相手のミスが原因で起こったトラブルに対し、トラブルを起こした張本人が逆上してきたために怒鳴り返してしまったと言う。その取引相手は保の会社にまで苦情を言いにきたため、保は口を開くよりも先に相手を宥めようと土下座して謝罪する。

 

このように、立場が上の人間が目下の人間に対してやりたい放題するという、唾棄すべき悪習が日本にはある。

たとえ自分が悪かろうと間違っていようと、「立場が上」であれば黒いものも白になり、何をやっても許される。どうもそのように都合よく解釈している老いぼれやバブル中年やゆとって悟った若輩どもがこの国には大勢いるらしい。

 

だれもが自分の非を素直に認めれる人間であれば、こんなにも日本は生きづらい国にはならなかっただろうに。ああ嘆かわしい。全員死ねばいいのに。

 

 

美蘭は歳が若いせいなのか、相手が間違っているのにどうして自分が謝らなければならないのかという、至極まっとうな正論を主張する。しかし、社会経験の豊富な保は、無駄に相手を怒らせても自分には何の得にもならないと言って、美蘭をなだめようとする。

 

ここに来て二人の考え方は大きく食い違ってしまい、美蘭は保に対して失望してしまう。

 

 

そんな中、奇しくも美蘭の父・紀一郎も、副社長の理不尽なクレームに対して平身低頭で謝罪したというエピソードを聞いてしまう。そこで美蘭は保たち熟練社会人の「自分が謝ることでその場が収まるなら、いくらでも謝る」という処世術を知る。

 

しかも、保の部下の女性から、美蘭に謝罪させた人物に保が食って掛かり、「仕事相手には敬意を払うべきだ」と説き伏せたという話を聴かされる。

 

保も紀一郎もトラブルを収めるために土下座したことは一緒だが、その内容はまったく異なっていた。保は社外の人間には信頼性を損ねないために真摯に向き合うが、社内の人間に対しては言うべきことをはっきりと言い、理不尽を野放しにしなかった。一方で紀一郎は、自己保身と出世欲のために、「相手に恥をかかせなかった」という貸しを作るためだけに社内の人間に対してだけ頭を下げる。

 

保だけを見ていたのではわからなかったことが、悪い例(紀一郎)と比較したことで保の誠実さが引き立った瞬間だった。

 

またしても紀一郎の行動により、保と美蘭の仲は強固に結びついていってしまう。それは紀一郎が知る由もないことではあったが、毎度毎度空周りの激しいオッサンである。

 

さて、今回の話では保と紀一郎はほとんど会話がなかった。またいつぞやのように下らない舌戦でも繰り広げてくれると見ごたえがあっていいのだが、それは別の機会に取ってあるのかもしれない。

 

ひとまずは、今後の展開に期待である。