悪意ある善人による回顧録

レビューサイトの皮を被り損ねた雑記ブログ

虚ノ少女 《 NEW CAST REMASTER EDITION 》 その7

***注意はじめ***
以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

 

・雑感

 

時は玲人たちが人形集落にて新たな殺人事件に遭遇していた12月29日に遡る。

 

カルト教団・天恵会の代表者たる織部は、余命わずかな自身の代わりに信徒たちを導く者が必要であると部下の空木に説いていた。

かつて教団が千里教を名乗っていた頃は託宣の御子の存在が信徒たちの拠り所になっていたこともあり、それと同様に「正当なる血を持つ者」を祭り上げるつもりだという。

 


一方そのころ、雪子は紫や小羽と連れ立って「若葉園」という保育施設にやって来ていた。
雪子は先日、義母・冬見に頼み込まれ、年末の人手が少ない時期に彼女の職場で幼児たちの面倒を見ることになったのである。
慣れない手つきで幼児たちをあやす雪子に対し、彼女に同行した小羽は手際よく世話をしていく。
揺り籠の中でぐずついていた赤ん坊は、紫が抱きかかえると静かに眠りに就くのだった。

 

保育施設からの帰り道、紫は書店にてとある小説が売り出されていたことを知る。
「プルガトリオの羊」――。

それは、昨年初春に起きた猟奇殺人事件の犯人であり、瀕死の朽木冬子を連れ去った小説家の最新作とのことだった。
紫は喫茶・月世界にて兄の仕事仲間である冬史と知り合い、小説のことを相談する。

 

のちに冬史は「プルガトリオの羊」を発売した出版社の編集者と面会を取り付ける。
曰く、この出版社は件の小説家とは付き合いがなかったものの、ある日突然、差出人の名前が記された直筆の原稿用紙が送り付けられたのだという。
原稿が送られてきた意図はわからなかったものの、話題性重視で発売に踏み切ったらしい。

 

晦日の昼頃、玲人と菜々子が東京に到着する。

そのあと玲人は上野駅にて冬史と遭遇し、彼女の口から「プルガトリオの羊」の件を伝えられる。
玲人は件の小説家の居場所がわかるのではないかと取り乱すも、現状では何の手掛かりもないとして冬史になだめられる。

 

同日の夕刻、紫は時坂家に小羽・雪子・真崎を招き、玲人もあわせて大晦日の夕食を共にする。
食後、冬見が雪子を迎えに来たため、真崎が2人を自宅まで送り届けることに。
真崎は冬見との何気ない雑談の中で、彼女が宗教というものに何らかの忌避感を持っていることを察する。

 


※玲人の悪夢

 


元旦、玲人は単身朽木家へ正月の挨拶へ向かう。
そこで千鶴より、十数年前に撮影したという人形集落の写真を預からせてもらう。

 

一方そのころ、玲人から天恵会の調査を命じられていた真崎は、かの団体が買い取ったという井の頭公園の神社に訪れていた。
彼はそこで、天恵会幹部の証である白装束を纏った黒矢尚織と遭遇する。真崎が出征する前から数えて実に十数年ぶりの再会であった。
真崎は教団について尚織から話を聞くため、翌日改めて会うことにする。

 

朽木家を出た玲人は、井の頭公園にて赤ん坊を抱いた菜々子と遭遇。
曰く、血のつながった子供ではないものの娘として世話をしており、勤務中は保育所に預けているのだという。
喫茶・月世界にて保母と待ち合わせしているとのことだったので、挨拶がてら玲人も同行する。
案の定、待ち合わせに現れた保母とは茅原冬見であり、杏子も併せ女3人の姦しい会話にいたたまれなくなる玲人。
そのしばらく後、今度は尚織が菜々子を迎えに店に現れる。彼は奈々子の同居人であり、嘱託医のようなことをしているという。

 


翌1月2日、真崎は尚織に会いに行った。
天恵会の本部では菜々子も手伝いをしており、真崎は二重の意味で驚かされるが、彼らは共に教団の信者ではないのだという。
尚織は戦後に医師の資格を取ったものの、敗戦直後の困窮した状況では満足な治療もできず、何人もの子供たちを助けられなかったことを悔いて、現在の職務に就いているらしい。

真崎は尚織から教団の前身である天恵ノ会から千里教、そして天恵会へ至るまでの経緯を説明される。
現在、天恵会の上層部たちは千里教時代における「託宣の御子」のようなものを作ろうとしているのだという。

 


※雪子の悪夢1

 

 

1月3日、土塊の鑑定結果が出たと八木沼から連絡が来る。
鑑定によると、東京の被害者3名の腹に詰められていた土は関東で取れるものであり、科学的にも犯人は同一であると確定できるとのこと。
また、富山の被害者の腹に詰められていた土も関東のものであるとのこと。
一方、雛神家でまつられていたヒンナサマから採取した土は北陸方面で取れるもので、その内容物から墓場から採取したものである可能性が考えられるという。
以上の情報より、犯人は東京から富山までわざわざ土人形を持ち込んでいることになる。
つまり犯人は富山で事件が起きた際、東京から人形集落に向かった人物である可能性が高い。

 


1月4日の早朝、玲人と真崎は雛神製薬を訪ね、雛神家の現当主である秋弦と面会する。
秋弦によれば、真崎の婚約者候補が次々と殺されていることは把握しているものの、理由はわからないとのこと。
そもそもこの結婚話を進めているのは前当主である秀臣・真理子夫妻であり、秋弦は候補を選定しただけに過ぎないという。

秋弦によるとあと一人候補となりうる者が残っているらしい。
ただし、候補者の母親の名前しかわからず、候補者本人の居場所はわかっていないとのこと。

玲人はなぜ婚約者本人の素性もわからないのに候補者たりうるのか疑問を口にしたが、秋弦は口をつぐむばかりであった。

 

 

その晩、小羽は紫に冬休みの宿題を写させてもらうため時坂家を訪ねていた。
そこで紫は、かつて小羽が孤児として保育施設にいたこと、同じ境遇だった雪子の実兄にあこがれていたことを聞かされる。
しかし、雪子は自分の兄のことすら覚えていない様子である。
2人は、雪子が記憶を失うほど恐ろしい出来事に巻き込まれたのではないかと推察するのだった。

 


1/5
※未散誘拐未遂
※未散の悪夢


1月6日
玲人は冬史より「プルガトリオの羊」についての調査結果を伝えられる。
警視庁に押収されていた原稿用紙と、先日出版社に送り付けられた原稿用紙を比較したところ、二つの筆跡は明らかに別人のものであると判断された。
つまり、件の小説家の名前を騙った何者かがこの小説を出版社に送ったということになる。

 

※真崎と六識との面会

 

その日の夜、玲人は喫茶・月世界に花恋を呼び出し、事件について聞き取り調査をする。
しかし2人が話をしているとき、ガラの悪い男2人組が月世界に乱入する。
玲人は何とか男たちを撃退するも、話を続けられる雰囲気ではなくなったため花恋は帰ることに。
杏子によると、先の2名は彼女が融資を受けている金融会社に雇われた借金取りなのだという。

騒ぎの直後、何も知らない雪子が店にやって来る。
しかし杏子は既に接客できる状況ではなかったため、玲人が雪子を家まで送り届けることになった。
そこで玲人は、雪子が将来について悩んでいると相談される。
雪子は、これまで世話になった義母の役に立つことがしたいのだと零す。

 

※雪子の悪夢2


1月7日
真崎は引き続き天恵会について調査するにあたり、事情に詳しい冬史に話を聞きに行く。
曰く、天恵会はかつて経営していた「白百合の園」という保育施設にて児童の集団自殺という事件を引き起こしたことがあるという。
資料によれば施設内での虐待に堪えかねた児童たちが抗議する目的で自死を選んだことになっている。
その後この保育施設は「若葉園」と名を変え存続しており、そこの実質的な責任者は茅原冬見であるという。

 

※紫と雪子の部活動


1月8日
早朝、時坂家に一本の電話が入る。朽木病院の菜々子からであった。
昨晩、杏子が何者かに刺されて緊急搬送されたという。

玲人は経緯を確認するため朽木病院に急行する。
彼女の手術を担当したのは、たまたま用事で病院に訪れていた夏目女史であった。
命に別状ないとはいえ、夏目女史の考察では自傷とは考えにくいという。

紫は兄の様子から杏子に何かあったのではないかと察しながらも、平静を装って登校する。
そんな紫に対して、雪子は職員室から持ち出したというドリッパーでコーヒーを入れ出す。
雪子の様子もどこかおかしい。
そう思った矢先、雪子は自分に会いに来た者がいるとの知らせを聞いてその場を立ち去ると、白づくめの服の輩が運転する車に乗り込んで学校を去ってしまう。

 

※真崎の出張調査(白百合の園跡地)

 


その日の晩、茅原冬見はひとり自宅で悲しみに暮れていた。
目の前には鞄に収められた大量の札束。
先刻、天恵会の男たちが大挙して訪れ、これまで雪子を育てた謝礼として一方的にこの金を渡していったのである。
しかしそれは、引き換えに雪子がもう帰ってこないということを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにきて連続殺人事件とは別の問題まで噴出し、玲人たちを取り巻く状況はさらに混迷の様相を呈していく。

 

本作が探偵・時坂玲人を単独主人公として扱わなかった理由のひとつは、おそらく深く絡み合うまったく別々の事件が同時進行しているためなのだろう。

これでもし追跡者側が玲人ただ一人だけだった場合、扱う事件が多すぎて手に負えないことは明白である。

 

いまの時点で追跡者側が捜査している主だった事象と言えば、

 

・ここ数か月、昭和32年11月以降に東京(および富山)で起きている連続猟奇殺人事件

・戦前から十数年おきに続いている人形集落での「ヒンナサマの祟り」事件(≒砂月の出自について)

・昭和31年初春、朽木冬子を攫った連続殺人犯の行方(≒「プルガトリオの羊」の出元調査)

カルト教団・天恵会にまつわる黒い金の流れ

・雛神製薬が戦前から違法治験を隠蔽している疑い

・昭和27年、保育施設「白百合の園」で起きた集団自殺事件(≒雪子、未散、小羽に関する身辺調査)

 

などなど、ざっと上げただけでもこれだけ多岐にわたっている。

(それゆえ、雑感にて取りまとめたあらすじも、極力本筋に関わる重要な部分のみを短めにまとめることを目指しているものの、それをもってしてもこれだけ多くの文量が必要になるのだからどれほど長大な物語かということは想像してもらえるだろうか)

 

こんなにも多くの事件を探偵がたった一人で同時に解決できるはずがない。

 

それゆえ本作では事件当事者でもあり準主人公かつ探偵助手として真崎が登場し、調査の役割を分担している。

 

さらに突っ込んだ調査では八木沼警視とフリージャーナリスト冬史が事前に活躍済みという状態になっている。
いわば3分クッキングにおける「下ごしらえした状態」を作り出すわけだ。

 

メタ視点的に見ても、過去作「カルタグラ」の主人公・高城秋五が「上月由良の捜索」と「上野の連続猟奇殺人事件」の板挟みになった結果、どちらも満足に捜査できなかったことを考えると、このような人員配置になったのはある種当然だと言える。

 

というか、こうでもしないとすでに長大なシナリオがもっと膨大なものになり、あまりの情報量の多さに頭がパンクする読者も現れかねない。

 

 


天恵会はもともと祠草未夜・小夜の兄にあたる美智男という人物が戦前に立ち上げた天恵ノ会という団体が大本である。
あまりに悪辣だったせいで彼はのちに謀殺されるが、その後この団体は千里教と名を改めて過去作「カルタグラ」に登場している。
(天恵ノ会 → 千里教 → 天恵会)

 

本作の前半部分で教団の名が示されたのは、連続殺人の被害者の一人が天恵ノ会の信者だったからだ。


事件自体は人形集落の因習と深く関わっているという描写がなされていたため、天恵ノ会については過去作との関連で登場したくらいの認識しかできないようにされていた。

 

しかし団体の創立者が「祠草」の血筋の者であり、真崎の旧友が教団に関わっていて、しかも本作のメインヒロインともいえる雪子が団体に引き込まれた段になると、ようやく玲人たちの物語とも深く絡まってくる。

 

物語の随所で描かれた「閉ざされた社会」「異常なまでの偏執(パラノイア)」といった要素がここにきても顔を出し、読者はより一層の衝撃を与えられることになる。

 

日常と非日常はつながっている、その差は主観的なものでしかない――とは阿久井の聖書でもある小説「電波的な彼女(3巻)」の一節であるが、これは本作でも当てはまる。

 

宗教色と狂気に塗れた猟奇殺人事件と、花も恥じらう女学生たちの日常がつながっていたなどと誰も想像しはしないだろう。

 

だが玲人たちが追い求めた「ヒンナサマの祟り」の真相と雪子は、とある人物を介して確かにつながっていたのである。

 

物語を読み進めるごとに登場人物たちを取り巻く関係性や背景が明るみになっていき、そのたび驚きのあまり息を飲んでしまう。
このカタルシスこそが本作の、ひいてはイノグレ作品の魅力と言えるかもしれない。

 

 

 

あとは、前作「殻ノ少女」のヒロインである朽木冬子という存在も大きい。

 

本作では回想シーンと特殊ルートにおけるIF展開でしか登場しないものの、彼女の存在こそが探偵・時坂玲人を突き動かす原動力になっている。

 

紫を始めとしたまわりの人々はそれを指して玲人が囚われている偏執(パラノイア)だといい、陰ながら心配している。それはもちろん我々読者も同様である。

 

彼はかつて婚約者を殺されたばかりか、自身の心に寄り添ってくれた少女を守れなかったという無念さを抱えている。


普段何でもないふうに振る舞っているのに、こと冬子のことになると平静さを失って、後悔のあまり取り乱す場面を読者は何度も目にしている。

 

本作における事件の本筋とは直接のかかわりのないサブテーマではあるが、彼女の行方を追い続けている玲人はこのあと、信じられない角度から予想外の事実を突きつけられることになる。

 

……まあ、本作冒頭における例のモノローグとこれまでの描写をあわせると、既に充分すぎるほど伏線がばらまかれている。


舞台を俯瞰して見れる読者側からすれば「ちょっ、玲人!! そこだよ気づけよ!!」というドリフ劇場のようなもどかしさがあってモヤモヤするが、物語の終盤ではキッチリと伏線を回収してから新たなフックを残していくためどうか安心して欲しい。(できない)

 

あと20日たらずで最終作が自宅に届くと思うと今から待ちきれない気持ちである。