悪意ある善人による回顧録

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虚ノ少女 《 NEW CAST REMASTER EDITION 》 その5

***注意はじめ***
以下の文面は言葉遣いに乱れが生じたり、ネタバレにあふれる虞があります。

また、本文は筆者である阿久井善人の独断と偏見に基づいて記されております。

当方が如何な感想を抱いたとしても、議題となっている作品の価値が貶められるはずもなく、読者の皆様のお考えを否定するものではないということを、ここに明記いたします。

***注意おわり***

 

 

・雑感

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時は第二次世界大戦終結したあと(昭和20年=1945年末ごろ)に遡る。
 
後に真崎智之を名乗ることになる青年は、数多の同志が死にゆく中でたったひとりだけ日本へと帰還する。
砂月が殺され、その真実もわからぬまま放置され、ただ死に場所を求めて戦地に向かったはずなのに――彼は故郷である人形集落に戻ってきた。
 
すべては、無惨にも殺された砂月の復讐を果たすために。
 
どうして砂月は殺されなければならなかったのか。
まず青年は、彼女が何者だったのかを調べることにする。
 
生前、砂月があてがわれていたという神社の土蔵に侵入した青年は、長持ちの蓋の裏に残されたひっかき傷を見つける。
いくつも記された「アヤコ」という文字。これこそが砂月の本名だったのだろうか。
 
役所にて雛神家と祠草家の戸籍を調べても、それらしい名前は出てこない。
しかし、祠草未夜の兄について記録がなくなっていることから、両家が役所に圧力をかけ、戸籍の捏造をしていることがわかってしまう。


そうであるならば、砂月は誰かの隠し子だった可能性もある。
 
過去の新聞を調べているうち、昭和4年(=1929年)の3月に雛神秋弦の妻である理花が自殺したという記事を見つけてしまう。
しかも記事によれば、祭りの翌日に別の女性が殺害されたばかりであったとも記されていた。
 
数年ぶりに再会した戌亥刑事によると、これらの事件の第一発見者はどちらも祠草小夜だったとのこと。
また雛神秋弦は女癖が悪く、あちこちで愛人を作っていることが判明しており、先の被害者もその一人だったのではと推察されている。
そのため戌亥刑事は、秋弦および祠草家が事件を主導し、隠ぺい工作を図ったのではないかと考えているらしい。
 
また二見憂の祖母から伝え聞いた話によると、雛神家に嫁ぐ前、理花は天子だったのだという。
雛神家現当主の妻である真理子も元は天子だったとのこと。
村の老人たちはみな、村の外から招かれた「お客様」こそが天子であり、その天子が雛神家に輿入れするという風習を知っていたという。
 
これまでの話をまとめるならば、やはり砂月は天子だったことになる。
しかし出征前の祭りの夜、青年は天子が神楽を舞っている様子を他ならぬ砂月と共に見ている。
砂月が天子だったなら、舞を踊っていた女は誰だったというのか。
 
その日の晩、青年は事実を明らかにするべく、もう一度祠草神社の土蔵へと侵入する。
そこで青年は長持の底に隠されていた階段を発見し、土蔵の地下へと歩みを進める。
地下室には二つの行李が置かれていた。
だがその中身は、油紙に包まれた人間の両手足だった。
 
慄き土蔵へと戻った青年は、祠草小夜に不法侵入を見咎められ、母屋へと連れていかれる。
そこで青年は逆に小夜を問い詰めた。
 
砂月は天子だったのではないか。
それならあの祭りの夜、神楽を舞っていたのは誰だったのか。
 
小夜は答える。
――砂月は天子ではない。天子は別の者が勤め上げた。
 
青年は続けて問う。
それは「アヤコ」のことか。
砂月を殺したのは小夜なのか。
 
――「アヤコ」とは砂月の本名である。
――自分が彼女を殺しても何の得もない。
――しかし、彼女の遺体から四肢を切り取って保管したのは自分である。
 
小夜は青年が地下室から持ち出した両手足を奪い取ると、恍惚とした表情を浮かべながら語り続ける。
 
――地下室のもう一つの行李には、大好きだった雛神理花の両手足も保管してある……
 
あまりの妄言に青年はついに怒りを抑えきれなくなり、思わず小夜を絞め殺してしまう。
 
自分の過ちが恐ろしくなった青年は、行李ごと砂月の両手足を持ち出し、山中へと逃亡する。
そして人形集落を出奔する前に、いつかの隠れ家に行李を埋め、またいつかここに戻ってくると誓うのだった。


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※恐るべき母の独白
 
真崎から過去の過ちを聞き終えた玲人と八木沼は、一旦その話を保留にすることにした。
八木沼曰く、たとえ真崎の殺人が時効になっていなくとも、十数年前に片田舎で起こった事件ではろくな証拠など出るはずもなく、起訴にこぎつけないためだった。


連続殺人事件の捜査に戻るにあたって、玲人と真崎は菜々子に話を聞きに行くことにする。
めぐりの死亡推定時刻から察するに、菜々子がめぐりと会ったあとに訪れた客人が真犯人である可能性が高かったからである。
 
玲人たちは朽木病院の小児科で非常勤職員をしていた菜々子と面会する。
詳細は伏せながら、めぐりの腹部に埋め込まれていた土人形の写真を見せたところ、彼女はそれを指して「ヒンナサマ」であると証言した。


以前、菜々子と同郷であるはずの真崎にも同じように確かめたときにはわからないとの答えだったが、それは自分を始めとするほとんどの村人は実物を見たことがないからである、と彼は釈明した。
菜々子は戦前に人形集落で起きた殺人事件の第一発見者であったため、過去に土人形を目撃したことがあったのである。
 
これまでの連続殺人事件は、すべて人形集落で起きた事件と関わりがある。


玲人と真崎は「ヒンナサマの祟り」と呼ばれる事件を調査するため、数日中に人形集落へ出立することを決めるのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
過去編「二部」はわりかし短めに終わる。というのも、従軍していた真崎が人形集落に帰ってきてから精々1週間程度のエピソードだからである。
 
中でも印象的なのは、やはり小夜の自白シーンだろう。あれは劇中屈指のホラー展開だといえる。どんなグロい死体の画像よりも精神的に迫って来る悍ましさがあった。
 
小夜が砂月や雛神理花の両手足をバラして保存していたのは、彼女たちを愛するが故というよりも、独占したい、支配したいという偏執(パラノイア)に囚われていたからである。それはもはや一種のネクロフィリア的嗜好であり、常人にはまったく理解しかねる狂気である。
 
そんな狂気を自分の大切な人たちに向けられて、彼女たちの死を冒涜されていると知ってしまったら……真崎が怒り狂うのも無理からぬことではあった。
 
ただ、真崎はこのあと自身の過ちによって人形集落に帰ることも砂月の無念を晴らすこともできず、ついには精神を病んでしまうことになる。
 
もしあのとき彼が踏みとどまっていたら……と考えてはみたものの、結局同様の展開になってしまったのではないかとも思えてしまった。
 
上述した通り人形集落では雛神家が圧倒的な権力を握っており、いわばやりたい放題な野放図がまかり通っている。彼はいちおう後継ぎの資格があったとはいえ、長らく村の暗部からは遠ざけられており、実情は何ひとつ知らない。
 
そんな彼が「ヒンナサマの祟り」の真実を知ったら、遅かれ早かれ雛神家を、ひいては小夜のことを許せなくなってしまったのではないだろうか。物語を一読した身からするとそう思えてしまう。
 
 
もし仮にそれすら彼が飲み含めて雛神家を継いだところで、昭和32年現在と同様の問題が解決されないままなので、結局は連続殺人に発展する可能性が高い。
 
そういう意味でも、このときすでに人形集落という閉ざされた社会は「詰んでいた」と言えるのかもしれない。
 
 
 
あとは、過去編から現代編へと戻る際に挿入されたモノローグについて。
 
物語の冒頭に「命が尽きる瞬間と思しき母の独白」があったと記録「その1」にて書き記したと思う。
今回のもシチュエーションこそ似ているものの、その内情は打って変わって悪意に満ちている。
 
我が子を単なる道具としてしか見なしていない、あまりにも邪悪で恐るべき母の独白。
 
この独白が何者によるもので、その悪意が誰に向けられていたのかは重大なネタバレのためもうしばらく伏せられることになる。
(まあ、勘のいい読者ならこの時点でも母だけなら何者かわかるかもしれないが)
 
ただ、全ての真実を知った読者は必ずこう思うことだろう。
「吐き気を催す邪悪」とはこのことである――と。